
「頑張って書く」の罠にハマった夜
深夜1時。パソコンの画面を見つめながら、私は途方に暮れていました。
その時、ふとスマートウォッチを見ると、ストレス値が普段より明らかに高くなっていることに気づきました。身体は緊張し、肩には力が入り、呼吸も浅くなっている。「頑張って書こう」とすればするほど、書けなくなっている自分がいました。
そこで思い出したのが、マインドフルネスの実践で学んだ「力を抜くことの大切さ」でした。もしかすると、文章を書くときも同じなのかもしれない。そう思った私は、一度パソコンから離れ、深呼吸をして、心を落ち着けることにしました。
脱力思考の始まりです。
脱力思考って何?マインドフルネスから見えた答え
この体験をきっかけに、私は「脱力思考」について考えるようになりました。
脱力思考とは、決して手を抜くことではありません。むしろ、不要な力みや緊張を手放すことで、本来の集中力や創造力を引き出す考え方です。
マインドフルネスの実践を通じて気づいたのは、私たちは普段、気づかないうちに多くの「余計な力」を使っているということです。「期待に応えなければ」「完璧でなければ」といったプレッシャーが、知らず知らずのうちに心と身体を緊張させているのです。
脱力思考では、まずその緊張に気づくことから始まります。そして、深い呼吸とともに、その力を意識的に手放していく。すると、頭の中にスペースが生まれ、新しいアイデアや言葉が自然に浮かんでくるようになります。
これを文章を書くことに応用したのが「マインドフルライティング」です。執筆という行為を、単なる作業ではなく、自分の内側と対話する時間として捉える。そうすることで、読者の心に響く、本当に書きたかった文章が生まれてくるのです。
脳科学が証明する「リラックス創造力」
実は、脱力思考の効果は脳科学的にも説明できます。
私たちの脳には、何もしていない時、ぼーっとしている時に活発になる神経回路があります。この状態は「デフォルトモードネットワーク」と呼ばれ、創造性やひらめきと深く関係していることが分かっています。シャワーを浴びている時や散歩中に良いアイデアが浮かぶのは、まさにこの状態のおかげです。
緊張状態では、脳は「集中モード」に入り、目の前のタスクに一点集中します。これは確かに効率的ですが、創造性という観点では制限がかかってしまいます。一方、リラックス状態では、脳の異なる領域同士がつながりやすくなり、新しい発想やアイデアが生まれやすくなると言われています。
文章を書くという行為は、単純な作業ではありません。言葉を選び、構成を考え、読者の気持ちを想像する。これらすべてには創造性が必要です。だからこそ、力を抜いてリラックスした状態の方が、質の高い文章が書けるのです。
スマートウォッチが教えてくれた「執筆時のストレス変化」
私は普段、スマートウォッチでストレス値を観察しています。最初は健康管理のためでしたが、文章を書くときのストレス変化を観察していると、面白いことに気づきました。
緊張して書いているとき:
- ストレス値が平常時より明らかに高い
- 身体の緊張状態が続く
- 文章がなかなか進まない
リラックスして書いているとき:
- ストレス値は平常時と同程度
- 自然な心身のリズムがある
- 文章がスムーズに流れる
そして最も興味深いのは、「ひらめき感」が来る瞬間です。アイデア同士がつながったり、良い表現が浮かんだりするとき、ストレス値に一時的な変化があることが分かりました。まるで身体全体で「これだ!」と感じているかのようです。
この発見により、私は執筆前に必ずストレス値をチェックするようになりました。もし緊張していることに気づいたら、深呼吸をして心を落ち着けてから書き始める。このちょっとした習慣が、仕事の質をも大きく変えてくれました。
力を抜くことで生まれる「本当の集中」
「脱力思考」と聞くと、集中力が下がるのではないかと心配する方もいるかもしれません。でも実際は、その逆なのです。
力んだ集中は、短時間しか続きません。まるで息を止めて走るようなもので、すぐに疲れてしまいます。一方、脱力した集中は、深い呼吸を続けながら走るようなもの。長時間持続し、より質の高いパフォーマンスを発揮できます。
AI時代を迎えた今、効率性や生産性ばかりが重視されがちです。「もっと早く」「もっと多く」「もっと正確に」。確かにこれらも大切ですが、それだけでは人間らしい創造性は生まれません。
人間にしかできないのは、体験から生まれる感情や、独自の視点、そして心を込めて書くということ。これらはすべて、心に余裕があってこそ生まれるものです。
おわりに:「頑張らない」勇気を持とう
文章を書くということは、自分の内側にあるものを外に出すこと。それは本来、とても自然で心地よい行為のはずです。
でも私たちは、いつの間にか「頑張らなければ」「完璧でなければ」という思い込みに縛られて、その自然さを忘れてしまいがちです。
脱力思考は、その自然さを取り戻すための考え方です。完璧を求めず、プレッシャーを手放し、ただ自分が本当に書きたいことを、心を込めて書く。そうすることで、読者の心に本当に届く文章が生まれるのです。
行き詰った時、少しだけ力を抜いてみてください。
きっと、今まで以上に心地よく、そして質の高い文章が書けるはずです。そして何より、書くこと自体が楽しくなると思います。
この記事が、文章を書くすべての方にとって、少しでもヒントになれば嬉しいです。AI時代だからこそ、人間らしい温かさのある文章を大切にしていきたいと思います。
参考文献
- ジョン・カバットジン『マインドフルネスストレス低減法』春木豊訳、北大路書房、2007年
- 熊野宏昭『実践!マインドフルネス:今この瞬間に気づき青空を感じるレッスン』サンガ新社、2016年
- 吉田昌生「吉田昌生のマインドフルネス瞑想チャンネル」YouTube